連合陸軍フォールフィールド駐屯基地 PM13:30

軍人とはいえ連日汗臭い訓練や血なまぐさい作戦にいそしんでいる訳ではない。
どちらかといえば今日の遼那(リャオスン)少尉は朝から事務仕事的な用事に追われていた。
ことあるごとに面倒な報告書を作成してそれを上官に提出して承認を貰ったり、またその上官から更に上の上官へ報告書や機密書類を運ばされたりと、なんだかこれでは名誉ある(?)特殊部隊の一員というよりはまるで直属の上司ジーメンス大尉の私設秘書のようであるな、などとそんなことを思いながら官舎の長い廊下をやや忙しい足取りで歩いていると、ふと廊下の突き当たりにある小さな部屋のドアが半分ほど開いているのが目にはいった。
そこから「む、ぐ、あ、あぁ、あ…」という小さくくぐもった呻き声のようなものが漏れてきている。
ふとした好奇心で遼那が部屋に近づき、そっと中をうかがってみる。

すると、そこには一応その顔くらいは見知っている高官が数人とヒラの兵士が二人ほど、椅子に縛り付けられた人物を囲んでニヤニヤと品のない笑みを零していた。

「ハテ?」と思いつつしばし様子を窺っていると、下士官が手にしていたスイッチを押した。
すると椅子に縛り付けられた人物が「アガアアァア…ァア…」といささか明瞭でない苦悶の叫びを上げて身体をのけぞらせ、ぶるぶると痙攣する。

―ははぁ、電気拷問か。

見れば椅子に拘束されている人物は捕虜用のウェアを着せられている上に轡を咬まされている、あまり大きな悲鳴を上げさせない為なのか。
もちろん例の条約がある以上、捕虜への虐待は当然禁止されているが少なくとも遼那の知る限りそんなものを律儀に守っているお偉いさん方など見たことがない。
こと前線であれば娯楽などほとんど無いに等しいし、「ちょっと息抜き」や「リフレッシュ」などは一体どこの世界の話だと言うような状況下であることがほとんどだ。
だから、他国に遠征している兵士達にとっては自国から持ち込まれる安っぽいメロドラマのDVDでも、読み古したアダルト雑誌でも、そこら辺のマーケットで5ドルで売られているような低俗なヌードトランプでも十分な娯楽なのだ。
そういう環境に措いては「捕虜の虐待」もまた一つの娯楽に数えられてしまう。
真っ当な感覚から行けば嘆かわしいことではあるがそもそも戦場に身を置いている状況そのものが「普通」ではないのだからある種感覚に狂いが生じてしまうのも当然といえばその通りではあるのだが…。

さておき遼那が見たところ、拷問されている捕虜はまだ歳若い男性のようだ、それもそっちの気は一切無いこの遼那から見てもそれこそ水も滴るような白人の美青年である。
まあ概してお偉いさん方には何故だかそっち趣味の方が多いものであるのだが…、そういう理由が多寡かもしれないがそもそもそっち趣味がなくても女性兵士の捕虜などまずいないに等しいのだ。
どこでもそうだが女性兵士は例え前線に出ても後方に控えているのが基本であるし、お互いに武器を持って撃ち合っている中で「生きて敵軍兵士を捕らえる」ということ事態が多分に難しいのである。
相手が投降して来たならば話は別だが現在の戦況からしてお互いの軍力が拮抗しているのでまずどちらの軍も兵士が無条件降伏してくることはほとんどない。
そんな中、運がいいのか悪いのか、捕虜になってしまった兵士をこうした娯楽の為にいたぶるのは珍しくないことだ。
たとえ前線ではなくここのような比較的内地の基地においてもそれは同じことのようだ。
そして女性捕虜がいない以上、見た目の良い若い兵士に人気が集中するのは致し方ないのだろう。
無論、こんなことを大々的にやって万が一にも外部に漏れようものなら、敵国で捕虜になっているこちらの兵士の身がどうなるか、ちょっと考えればわかる事だ。
だからこそ一応は隠れてやってるつもりらしいが、そもそもこんな簡単に遼那に見付かっている時点でほとんど秘密になっていないに等しい。

彼らはこの捕虜を囲んで何度も通電させてはその美しい顔が苦痛に歪むのを見て楽しんでいる。

遼那は思った。
こっちは雑務に追われて朝からずっと官舎の中を駆けずり回っているというのにお偉いさんたちときたらこんな真昼間からお楽しみとは…、彼らはよほどヒマを持て余しているのだろうか?と。

遼那は出世欲のある男ではない、だが苦手な報告書作成やそのほかの事務仕事に追われて一日を終わることがないのなら出世も悪くないのではないかとさえ一瞬だけだが考えた、むろんそんなものはすぐ打ち消したが。

行動派の遼那ならまず「ヒマを持て余す」という状況こそが苦痛以外の何物でもないからだ。
それならばまだ雑務に追われていたほうが幾分かマシというものである。

遼那は足音を忍ばせて踵を返し、その部屋を後にした。
大方、彼らはあの捕虜が気を失うか、もしくは彼らが飽きるまで無意味な拷問を続けるのだろう。
だがそんなことより今の遼那がすべきことはこの腕に抱えた大量のファイルを目的の人物に届けることである。
遼那の頭からはもう既に今見た光景は忘れ去られつつあった。

軍隊における日常はいつもこうして過ぎ行く。