連合陸軍本部 PM14:40


「お手数をおかけして申し訳ありません、サー、先日捕らえましたテロ組織の幹部である人物の訊問に立ち会っていただきたいとのジーメンス大尉からの伝達であります」
彼にとってはどうにもいけ好かないこの男、遼那(リャオスン)少尉が規律正しい敬を一つしてこの上なくにこやかな表情で伺い立てる。
「…分った」
さも気の重そうな返事を返した男、キドー少佐が上等な黒皮の椅子に深く腰掛けながら大きくため息をつく。

彼は野生的な魅力のある浅黒い肌と彫りの深い端整な容貌の持ち主であった。
その身長は190cmを超し、無駄な肉の一切を削り必要最低限にして研ぎ澄まされ均整の取れた筋肉質の身体、そしてその触れれば切れそうな美貌を縁取っているのは彼のような男には全く相応しい冷たいプラチナの長髪だ。
何よりもまして彼の魅力を引き立てているのは、まなじりはやや下がり気味だが相手を射抜くような迫力のある切れ長の目の中の、その瞳の色である、薄い翠色の中に僅かに金色がかって見えるそれは彼をどこか人間離れした一種特異な存在に思わせた。

だがこのキドーという男、どうにもこの遼那の間抜け面(彼の主観からすれば)を見ると途端に気分が優れなくなるらしいのだ。
だが悪名高き特別部隊イレギュラーズの指揮官であるジーメンス大尉といえば、あのような汚れ仕事のリーダーを務めながらも国に対する忠誠心に厚く、大変実直で軍人としては最も優秀な人物だ。
それは普段滅多なことでは他人を褒めることのないキドーのみならずとも誰もが認めるところである。
本来、そんなものはキドーの仕事ではないのだが、そうと知ってなおあの彼がわざわざ手を借りに来るとはよほどのことなのだろう。
それならばこの件の責任者として、キドーとて重い腰を上げざるを得ないわけである。

本来であれば国内テロ組織に関する仕事は軍隊のものではなく、国の警察機構やテロ専門対策機構が行うはずであるのだが今回に限り勝手が違っていた。
要するにこのテロ組織が攻撃の対象としていたのが主に軍に対するものであったためこの検案が特別にこちらに回ってきたのである。
実際、この組織のテロ行為で犠牲になったのは軍人ばかりだ。
通常こうした大掛かりな組織立った事件の場合、軍や諜報機関、警察機構に専門対策組織といったこの辺の縄張り争いがいつものことではあるが今回ばかりは標的が標的だった為に内心不承不承ながらも表面上は素直に軍に譲ってくれたそうだ。
そしてその任務の最高責任者として白羽の矢が立ったのがこのキドー少佐だった。
幹部と思しき数人以下を捕らえ、後は寸でのところで取り逃がしたリーダーの行方を軍の面子にかけて捜すのみであるのだが、この幹部の一人にあたる人物とやらがだいぶ手強い人物らしく、こうしてわざわざキドーの手を煩わせる羽目になったらしいのだ。

陸軍本部の地下にある非公式部隊の根城に案内される。
ここは一見すれば清潔感のあるつくりであるにも拘らず、その内情を知ってる者にとっては陰惨なものに映るようだ。
どうにもお偉いさん方も滅多なことでは足を踏み入れたがらない。
この場所は軍事機密扱いなので警戒レベルは最高のLv4だ。
さらにその奥にあるもっと地下深くに続くエレベーターは、Lv4のIDパスと登録された一部の人間の指紋照合及び網膜スキャンシステムをクリアしない限り作動しない上に24時間体制で人の出入りを別室のモニターで監視されている。
このエレベーターで更に地下3階分まで降りると、そこには無愛想な長い廊下とその左右に番号の振られた扉が等間隔に並んでいた。
キドーを先導する遼那がそのうち一つの扉の前で足を止めるとIDパスとパスワードを使って扉を開きキドーを中へと促す。
ちなみにこの場所へのIDはキドー少佐も勿論与えられているのだがこういう場合の除いては彼は一向に持ち歩こうとはしないようである。
この辺にイレギュラーズがいかに軍の鼻つまみ者であるかが覗える。

拘束台の上に仰向けに束縛された捕虜が新たな人物の登場を察して強い視線をこちらに投げ掛けてきた。
その人物は透き通るような白い肌に美しく波打つ金糸の長い髪とサファイアのような青の瞳を持ったそれこそ目の覚めるような美しい女であった。
歳は20代の後半か30歳代前半のまさに女盛りといったところだろう、着せられたプリズナーウェアの胸部が仰向けにされているにもかかわらず大きく盛り上がっている。
その下にある十分に熟れた艶かしい肉体が容易く想像できるようだ。

「……女か……」
キドーがあからさまに不機嫌な顔をして吐き捨てるように言う。
「普通、喜ぶべきシーンなんですけどねぇ…」
遼那が後ろから小声で呟いた。
キドー少佐は軍内でも有名な同性愛者なのである意味当然と言えば当然の反応ではあるのだが、確かにこれほどの美女を前にして文句さえ言うのは多少失礼に当たるかもしれない。

「わざわざご足労頂き、申し訳ありません少佐」
丁寧に非礼を詫びたのは長い迷彩色のマントを羽織り室内でも外さない遮光ゴーグルとマスクにその顔を完全に覆い隠した姿がトレードマークのジーメンス大尉であった。
「…私とて暇ではないんだぞ、自白剤でもなんでもさっさと使えばいいだろう」
相手が女だと判ると途端に不機嫌さを増したキドーがその表情の全く窺い知れないジーメンスに向かって不満をぶつける。
「もちろんそれは最初に行いました、しかしこの女の自我がよほど強いのか肝心の情報だけはどうしても引き出せなかったのです」
「ならもっと増量するなり締め上げるなりなんなりすればいいだろう」
「無理です、自白剤は致死量ギリギリまで投与してこの結果です、これ以上繰り返しても有効な情報が得られるとは考えられません、それに加え肉体的な拷問も行ないました、具体的に言えば電気による拷問ですが一向に口を割りませんでした」
その答えに殊更機嫌を悪くしたキドーが大きく舌打ちした。
「まったく、そろいも揃って無能な連中ばかりで面倒なことだな!」
この部屋にいる全員に聴こえるくらいの大声で悪態をついて周囲を険悪な雰囲気に落とし込む。
「大変申し訳ありません、少佐」
キドーの怒りにも全く声のトーンも変えずジーメンスがまたも丁寧に詫びた、だが果たして本当に申し訳なく思っているのかどうかさえわからないほどその声は落ち着いている。
尤も、ジーメンスには彼のいささか幼稚な不満の原因が何であるかが十二分にわかっているからかもしれないが。

だがキドーも生粋の軍人だ、心底面倒ながらも一応はやらねばならないことはやり通すと決めたらしい、ただでさえ愛想のいいとは言えない鋭い美貌をますます険しくしてこの場にいる全員に宣告する。
「これから私がこの場を指揮する!軍医、まずその女の指を一本切り落とせ」
普通はこういう場合、捕虜に対しまず指を切り落とすと前もって脅しをかけて恐怖心を植えつけ、なお強情を張るようであれば実践に移すものだが、女相手のキドー少佐に至ってはそんな慈悲を与えるつもりすらないらしい。
全く、彼らしいと言えば彼らしいのだが…。
控えていた軍医がほんの一瞬躊躇いを見せながらも命令に忠実に従い、医療用レーザーメスを手にすると、あらかじめ指一本ずつ広げて固定されていた女の右手の人差し指を付け根部分から数ミリ残してマジックで目印を付ける。
これがこの拘束台の特徴であるのだが手足や胴体や頭だけではなく、体の各関節から指先の一本一本と実に細部に至るまで実に自由自在に固定できることが出来る。
普段これがどういった目的で使われているのか一見すればすぐ想像にいたるであろう。

ところでこれほど進んだ科学の力を持ってしても爪剥がしや皮剥ぎ、腕を逆関節にして吊るし上げる、指を一本ずつ折るなどの命に危険は無いがその痛みは筆舌に尽くしがたい、ある意味地味で古典的な拷問の方が有効だと言う事が証明されている、それは何故か。
自白剤などはどれほど研究を重ねても今ひとつ劇的な効果は得られないものであるし、要するに秘密を守ろうとする意志を薄れさせ意識全体を低下させてしまうものなだけにその自白の信憑性に異議を唱える専門家も多い。
あらゆる訊問手段に通じることだが薬物などは効果自体も各個人によって様々であるし電気による拷問も稀にだが死なない程度であるはずの電流でも心停止を引き起こすケースがある、身体大きくを痛めつけるものであれば確かに自白効果は高いがその分突然死のリスクも高くなる。
故に緊急性の高い訊問の場合、幾つかの「効果的」かつ「突然死」のリスクの低い拷問を組み合わせて行うのが賢明といえるだろう。

鈍い光を放つステンレス製の拘束台上に彼女の人差し指がいとも容易く切り離され、女の口から「ぐっ」という噛み殺した呻き声が漏れる。
だがレーザーメスのような切れ味の良い得物では切り落とされる瞬間的な痛みは比較的少ない、ましてや出血も最小限に押さえられる。
もっとも、神経の集中している指という部位であるからにはその後に襲ってくる苦痛は例えようも無いが。
せめてもの抵抗のつもりなのかその苦痛に類稀なる美貌を苦悶にゆがめながらも唇を噛締めて一切の声を押し殺している。
「次、女の手の甲の皮膚を剥がせ」
キドー少佐はそんな彼女に一瞥もくれることなく、淡々と次の命令を下す。
ここにいる軍医も当然イレギュラーズの隊員である、日々捕虜に対する非人道的な拷問や人体実験に関わってきているのだからさすがに順応は早い。
下される命令に、最早何の躊躇も無く従う。
既に彼女から切り離された指だけ今度は通常のメスで丁寧に彼女の一本指の失われた手の甲の皮膚を剥がしにかかる。
「…くっ…アッ…ぐううぅぅ」
さすがにこれは効くのか気丈な精神でもってしても堪えきれない呻き声を漏らしながら女が首を振り立てる。

「えー、一応ではありますが、この捕虜のデータを簡潔に読み上げさせていただきます」
彼女の手術の合間にとキドーの横にたたずんでいた遼那がファイルをめくった。
「名前はベスティーナ・クローデル、年齢31歳、リーダーのアルマティ率いるテロ組織の幹部の一人とされています、先月と今年2月に連合国内で起きたエル・マス、ソルトレイク両基地の爆破とダーガー中将狙撃事件、及び5年前のロシルト自治領内でのクーデーターにも関与している模様、恐らくはアルマティの潜伏先も知っている可能性が高いです、なお未確認情報ですが現在捕らえているテロリストの中に彼女と同クラスかそれ以上の幹部もいるとのとですがそれも含めてなんとしても引き出したい情報は多い、と、まあこの様なところです」
彼女の押し殺した苦悶の声が響く中で遼那がさらりと読み終えた。
「…解せんな、この女が幹部クラスであることや名前まで割れているのに他の幹部とやらの情報が全く掴めていないのは何故だ?」
キドーがさして興味も無さそうな顔で彼女の手術を眺めながら疑問点を突く。
「それはまあ、ご覧のとおり…といっても少佐には判らないかなあ…要するに彼女が際立った容姿だったので組織が犯行声明などを表明する際にはリーダーであるアルマティの名の元に必ず彼女を使っていたからだそうです、アルマティの愛人との噂もありますが、それこそ「世界一美しいテロリスト」などという異名をとるくらいで一部ではにわかファンクラブのようなものが出来るくらいの有名人だったわけですよ。」
「ふん、なるほどな、やたらとてこずるのはヤツの愛人だからか、だがその私には判らないだろうとはどういう意味だ?」
「あ、気に障られました?失言をお詫びいたします、でも少佐、女性の美醜になんて興味ないでしょ?」
「なんだその言い草は、それではまるで私が審美眼の劣った人間のようではないか、私は美意識は高い方だ、何が美しくて醜いのかくらい対象の興味にかかわらずとも判る、もちろんこの女が十分に美しいということもな」
「そうでありましたか、重ねて非礼をお詫び致します、ところで先ほど読み上げました彼女の名前、覚えてらっしゃいます?」
「……なんだったかな…?」

その答えに「…ほら、やっぱどうでもいいんじゃん…」と遼那が極々小さな声で一人ごちた。

そんな遼那とキドーのやり取りの合間に彼女の手の甲の皮膚は完全に剥がされ、むき出しになった筋組織や腱がハッキリと見て取れた。
皮膚を剥がされる苦痛に絶叫の一つも上げなかったのはやはりかなりの精神力の持ち主であることが窺えた。
だがその肌は汗にまみれ、美しい目のふちに涙を溜めながら嗚咽に近い荒い呼吸を繰り返していたが。
「少佐、終わりました」
軍医が丁寧に告げた。
「よし、次はそいつの神経線維を掘り出して弄ってやれ、遠慮は要らん」
その命令にもう一人の軍医が加わり、全く動かせぬ皮膚をはがされた手にスケーラーのような先の曲がった器具を手にして手際よく彼女の手の神経を探り当てて引っ張り出す。
「グッ…、ギィイイィイ!」
さすがに神経を直接弄られる痛みには耐えられなかったのか女が喉の奥から搾り出すような大きな呻き声を上げる。
手にはたくさんの神経が通っている、更に軍医達はそれを縦横無尽に引っ張ったり引き千切ったり、新たにつまみ上げては刺激性の薬品や酸を塗布したりなどして命令どおり遠慮なくいたぶった。
「イッ…イヤーッ!やめてやめて、い、いたい!いたい痛いーっ!」
とうとう女の口から悲鳴と哀願の声が上がった。
「軍医手を止めるな、おい女、やめて欲しかったらお前の持っている情報を吐け、こちらも暇ではないんだからな」
「アグゥウウウ!誰がっ…ヒギッ…喋る、もんか…ッあああああああ!」
激痛に髪を振り乱し、涙を振り撒きながらもそれでも女は頑として要求を突っぱねる。
「まあこれくらいではな…もともとここの連中にも痛めつけられても吐かなかったそうだから無理だろうな…」
心底面倒くさそうな顔をしながらキドーが呟く。
「よし、軍医、もう片方の手にも同じことをしてやれ、それから足の甲もな、皮膚を剥ぐところまでは軍医に任せる、あとはここにいる連中で同じように手足全ての神経を弄ってやれ、爪も剥がせ、意識を失ったらすぐさまたたき起こせ」
キドーが容赦のない命令を下すと、早速命令どおりのことが行われた。
皮膚を綺麗にはがされた左手を一人で占領し、その爪を喜々として剥がしているのは遼那だ、
「ほい、あと2枚、剥がしますよー遠慮なく剥がしますよー、ほれっバリバリー、痛いですか?ね?ね?」
何がそんなにも楽しいのかと言いたくなるほどに、嬉しくてたまらないといった風情で女に話しかけている。
両の足や左手にも同じように軍医やその助手が好きなように爪を剥がし神経を探し出しては自由に弄んでいた。
「ギャアアアアアアアア、ギヒイイイイイィィィヤメ…ッうああああああああー!」
女の悲痛な悲鳴が絶え間なく響く。
悲鳴は肺の中の空気を吐き切るまで続き、続いて体が大きく痙攣するとヒュウウウというような笛の根に似た空気を吸う音が聞こえ、また叫び出すといった残酷なサイクルが続く。
皮膚を剥がされる段階で既に2度も気を失った女だったが一度目は気付け薬で容赦なく覚醒させられ、二度目はキドーの命令でナロキソンを投与され、絶え間ない激痛に気絶することも叶わず叫び続ける羽目になっていた。
その甲高い悲鳴をさも鬱陶しそうに顔をしかめて方耳を塞いでいるキドーに今まで黙って成り行きを見守っていたジーメンスが口を挟んだ。
「少佐、この方法では自白前に痛みで発狂する危険があります、それにこの状態ではまともな返答が出来るかどうかさえ」
「判っている、これはホンの前座に過ぎん、肉体的な苦痛が無駄なのは判っているからこれから方向性を変えて責めてみることにするつもりだ」
とうとう女が完全な気絶状態になれないま意識が完全に混濁し白目を剥いて口から泡を吹き始めた時点でキドーが中止を命じた。
「もう終わりですか?楽しかったのになあ、それに人間ってあんなすごい悲鳴上げられるもんなんですねえ」
遼那が今日の遊びはここまでといいつけられた子供のように未練を残しつつも充実し切った様子で浮かれたセリフを吐く。
「お前の遊びの為にやってるんじゃないぞ」
キドーの不興をかう前にジーメンスが戒めた。
勿論、きっちり聴こえていたキドーが口出しはしないまでも遼那を心底蔑んだ目で睨んではいたが。

一時間の休息と治療の時間を与えられ、女の鋭気が戻るのを待った。
酷く痛む手足には一時的に部分麻酔を与えられたので気力の回復は思いのほか早かったようだ。

「さて、女、よく解ったと思うが我々は殺してもやらなければ容赦もしない、吐くなら今のうちだぞ?」
キドーの冷たい言葉に対し女は沈黙という抵抗手段に出た。
ふっ、と軽いため息を付くと続いて彼女のスボンと下着を脱がせ脚を開かせた状態で固定するように命じた。
遼那以下4名の兵士が足枷つきの金属棒を持ってきて下半身の拘束を一旦解くと彼女に抵抗させる間もなく素早くそれに拘束しなおしてしまう、
「吊り上げろ」
淡々とした声でキドーが命じると、今度はその金属枷の中央に付いた留め輪に天井のウィンチから下ろしてきた鎖付きのフックに引っ掛けて手際よく再び引上げた。
こうすることで彼女のほぼ胸から下が浮き上がり、下半身に至っては完全に逆さ吊りの状態になる。
すると彼女のくびれた腰やふくよかな臀部、淫靡な女性器や肛門まで余すことなくこの場にいる全員に晒されることになる。
泣き言の一つも言わなかったが、さすがに気の強い女とはいえ羞恥の為か頬を上気させ顔を背けている。

そのときキドーの側に近づいてきた遼那がそっと耳打ちした。
「少佐、これ見てどう思います?」
「どう、とは?」
質問の意味が判らないキドーが怪訝な表情で聞き返す。
「だから、この女性のこの状態を見て何か感じますかと」
「哀れみなどといったことか?」
「いや、そうでなくて」
「何が言いたいのか判らん、ハッキリ言え」
「いえ、ですから、その、性的な興奮を覚えますかとお聞きしているんです」
その質問にますます怪訝な表情を歪めて言った。
「女だぞ?」
その答えに遼那はこの男は自分とは違う星の人なのだと思うしかないのだろうなと思った。
「どうも失礼しました」
深々と頭を下げる遼那に背を向け「訳の判らんことを言う奴だ」と呟いて新たに持ってきたファイルを手に女に近づいた。

あれほど痛めつけられても、こんな屈辱的な姿にされても彼女の意志は揺るがないようだ、この自分を見下ろす美しいが酷薄そうな男の顔を強い眼光で睨み付けた。
「軍医、あれを」
言いながら女の顔の横にファイルを置くとあらかじめ段取りが出来ていたのか軍医が素早くなにやら液体を封じ込めて栓をした試験管を持ってきてキドーに手渡す。
その栓を取り、中の液体を傾けて彼女の顔のすぐ側に置かれたファイルの端に一滴垂らす、するととたんに鼻を突くような刺激臭と煙があたりに漂いシュウシュウと音を立てて液体をかけられたファイルの端が焦げてゆく。
「何のことはないただの濃硫酸だ、遼那少尉」
続いて遼那を呼ぶとこれもあらかじめ段取りが決まっていたのか、いつの間にやらやはり液体を封じ込めた先ほどのものより二周りほど大きい試験管を軍医から手渡されていた遼那が彼女の広げられた脚の間に割り込み、指でそこを丹念に指でこじ開けるようにするとそれを彼女の女性器にあてがいゆっくりと沈めてゆく。
これはさすがにこちらの意図を察したのか女の顔が青ざめる。
大きめの試験管と言っても大した径があるわけではないので捩じ込まれる痛みはほとんど感じなかったがそのヒンヤリとした感触とこれから行われるであろう拷問を想像して肌が粟立つ。
やがて奥まで達したらしく試験管が進まなくなった、そこで一旦遼那も離れてキドーの横に大人しく控える。
キドーが試験管に再び栓をしてそれを軍服のポケットに仕舞うと、端の焦げた薄いファイルを手に取って開いた。
「さて…名前をなんといったかな?…まあいい、女、先ほどの小休止の間に軍医にお前の健康状態を調べさせた、これ以上の訊問に耐えられるかどうかの為にだがな、そこで判ったんだがお前は妊娠しているそうだな」
その言葉に女の顔が驚きに変わった、
「なんだ、知らなかったのか?…そうだな、まだ一ヶ月にもならないそうだし自覚症状もほとんどなかったんだろう、アルマティの子か?まあどうでもいいことだがな」
女の顔が戸惑いに変わるのが見て取れた、彼女は全くこのことを知らなかったようだ。
自分は敬愛するあの人の子を宿していたのか、そう考えると自分ひとりの命ならば信念の為、彼の為に喜んで捧げようと思っていた彼女の中に迷いが生まれる。

―子供…、私とあの人の…。

知らなかったとはいえそう教えられるとまだその存在さえ実感できない「我が子」が急に愛おしく感じられる。
そして今の自分の置かれている状況を改めて見た。
硫酸入りの試験管を性器に捩じ込まれたということは、これが割られれば液体の硫酸は子宮の中まで入り込み、自分の体だけではなくまだ小さな赤ん坊さえ焼いてしまうのだろう…。
自分だけならどうなっても構わない、だが敬愛するアルマティを裏切ることは出来ないし、また彼と自分との間に芽生えた小さな命を消してしまうことも出来そうに無い、それに運良く生き残れても二度と子を孕むことは出来なくなるだろう、いや、そもそも自分が生き残ると言う事は必然的にアルマティを裏切ることになってしまう、それだけは出来ない、死んでも出来ないのだ…。

「選ばせてやろう」
困惑する彼女にキドーが冷たい声をかける。
「私とてさすがに身篭った女を殺すのは良心が痛む、まして産まれて来る子供に罪はない、そうだろう?」
勿論、これは彼女を追い込む為の芝居だ、だがおおよそ絶対にキドーが言いそうにない上にまず心にも思ってさえいないだろうセリフを彼がねちっこい言い回しで口にしているのを見た遼那は笑いを堪えるのに苦心していた。
「だから選べ、アルマティの居所を吐けとは言わん、だが今作戦で捕らえられた他の捕虜にもヤツの居所を知っている幹部クラスの奴がいるのだろう?そいつの名前を言え、そいつの名前を言えばお前の顔に硫酸をかける」
女がギョッとして身を竦ませた、この様な美しい女に顔を焼くぞと脅すのは途轍もなく恐ろしいことに違いない。
「だが言わなければお前の股に差し込んだ試験管を割る。さてどうする?もう一人の幹部が拷問に耐えアルマティの居所を吐かないことに期待するか、このまま強情を張り続けて子供と女の機能を失うか、勿論死なせはせんぞ、我が軍の医療スタッフは優秀だからな」
なんという卑劣な申し出だろうか、どう転んでも何かを失わなければならないのだ。

恐らくキドーには勝算があったに違いない、こうした美しい女は概してナルシストだ、顔を破壊されてまで喋ろうと言うのならばその自白は真実だと考えてもいいだろうと。
もしここで彼女が未だ見ぬ我が子と「女」を失うことを選択したとしたら次はその美貌を破壊すると脅せばよいのだから。
彼女の顔に緊張が走る、心臓が高鳴り、冷や汗が全身を伝う。
「あまり悠長に迷っている時間はないぞ、こうしている間にもアルマティは逃亡の準備をしているかもしれないのだからな、さあ早く決めてもらおうか?」
彼女は大きく深呼吸をしてぐっと強く目を瞑った。
「返答を」
最後通告のようなその言葉に意を決した彼女が目を開けるとキドーの、美しいがどこか爬虫類を思わせる冷たい笑みが映った。
この男の笑顔を彼女は初めて見た、楽しんでいるのだ、彼女の葛藤を。

「…ニジェール・シャルガム…私以外にアルマティの居所を知っている唯一の男」
震える声で彼女は白状した。
彼女の中で自身の美貌より母性が勝ったのだ。
そして祈っていたに違いない、ニジェールが決して拷問に屈しないでくれることを。
「ふむ、証拠があるか?」
念には念をと女をさらに問い詰める、しかしここまで追い詰められてさすがに嘘をつけるほどの精神的余裕があるとは思えなかったが。
「…これまで誰にも秘密にしていたけど…ニジェールは彼の、腹違いの弟なの…それは調べればすぐ判るはず…」
再びファイルに目を落としたキドーが捕虜一覧の中にその名を認めると、彼の口の端が更に釣りあがった。
「礼を言うぞ」
そういうと再び試験管を取り出し栓を抜いて何の躊躇もなく彼女の顔の上でそれを傾けた。
反射的に顔を背けた彼女の横顔に無常に硫酸が降りかかる。
「ギッ…ギャアアアア」
それはすぐさま化学反応を起こし高熱を発しながら見る見る美しかった彼女の顔を焼いてゆく、液状であるそれは無常にも気が違ったように頭を振り乱す彼女の半面だけではなく耳を後頭部を、そして反対側の顔にも流れ容赦なく焼いていった。

「遼那少尉」
再びキドーが声をかけると苦しみもがく彼女に歩み寄った遼那がその下腹部に鋭い肘鉄を入れた。
バリ、とガラスが割れるには多少響きの鈍い音がして彼女の膣内に硫酸が流れ出す、大方、これも事前に決めてあったのだろう。
初めから助ける気などなかったのだ。
「ぐぎゃああああああああああああああッ!」
これまでとは比較にならないほどの濁った悲鳴を上げて、彼女が動ける範囲の限界まで激しくのたうつ。
「うぎゃあああああ、なん、ッでギイイィィイ酷いヒガアアアァァァァアアァァァ私の、赤ちゃ…ウアアアアアア!!」
彼女の悲鳴に悲痛な嘆きが混じる。
「捕虜の中からニジェール・シャルガムを連れて来い、後はお前たちに一任する、今度こそ手を抜くな、必ずアルマティの居所を12時間以内に引き出せ」
ファイルをジーメンスに突き返しながらキドーが命じる。
「了解です、サー、お見事でした」
ジーメンスがキドーの手腕をたたえて敬礼する、だが表情のない彼が本当にはどう思っているのかは判らなかったが。
「ギググッ、ガ、アッ…か…カナラズ…お前を…呪い殺して、やる…必ず…殺し、て」
キドーに向けた怨嗟の凄まじい女の呪詛の言葉が突然途切れた、慌てて軍医が駆け寄り、彼女の腕の脈を確認する。
その様子に気がついたキドーが部屋を出て行こうとした足を止め振り返る、その彼に軍医は左右に首を振った。
「死んだか」
大した感慨もないようにキドーが言う。
「…そのようですね」
それに対しよほど注意していないとわからないくらいの差ではあったが僅かにトーンの落ちた声でジーメンスが答えた。
「必要な情報は引き出せたのだから別にかまわん、さっさと片付けてシャルガムの訊問を開始しろ」
それだけ言うと今度こそキドーは背中を向けて部屋を出て行った。
突然何を思ったか、遼那がその彼の後を追って部屋を出ようとした。
「遼那、どこへ行く?」
「すぐ戻ります」
ジーメンスの問い掛けに言葉短に答えて出て行った。

ジーメンスは軽くため息を一つ付くと部屋に残った軍医と助手以外の兵士にシャルガムを隣の訊問室に連行してくるように命じた。
そしてふと、キドーが残していった端の焦げたファイルを開いてみた、それに目を落としたジーメンスの手に僅かに固まった。
「…妊娠していたというのは少佐のハッタリだったか…」
ファイルの中はただの白紙だった、それと捕虜の名前の書かれたリストのコピーが入っているだけであった。
ジーメンスは彼女の母性を利用したキドーをたいした策士だと感嘆したのと同時にずいぶんと卑劣な行いだとも思った。
もしもあの世とやらがあるとしたら、今頃彼女はまんまと騙されたことにさぞ憤慨していることだろう、それと同時に本当は赤ん坊がいなかったことを嘆いているか或いは喜んでいるか…。
そんなことを一瞬考えてすぐ打ち消すように軽く首を振った、考えたところでどうしようもないことだ、ただ殺された子供がいなかったことだけは密かに安堵していた。

ジーメンスには妻と子供がいる。
ゆえに彼女が身重だと聞かされたときには僅かばかりの憐憫を覚えたのだったが、
しかしそれが事実ではなかったことだけが唯一の救いに思えた。

だが、まあ、恐らくあのキドーのことだ、本当に彼女が身篭っていたところで同じことをしただろうが…。

「なんだ、何の用だ?」
後ろから付いてくる遼那を不審に思いながら肩越しに振り返りつつキドーが尋ねた。
「あの、少佐、勿体無いと思いませんでしたか?」
「何をだ?」
足を止めようともしなかったが遼那の質問の意味がいまいち判らないキドーがいぶかしげな表情で聞き返す。
「だから、あんな綺麗な顔を焼き潰してしまうことに対して貴方の美意識が勿体無いと思わなかったんですかと」
その質問にますますいぶかしげな表情を歪めて言った。
「女だぞ?」
その答えに遼那はやはりこの男は自分とは違う星の人なのだと思うしかないのだろうなと思った。