《El Dorado》

鳥だろうか。

高い鳴き声が遠くなり近くなり、
ずっと聞こえていた。

日の光を少しでも多く得ようと、巨大な葉を空へ伸ばす木々。
蔓植物はその木々に絡み、更に高い場所へと自らの葉を伸ばす。

どこまでも奔放に、そしてシビアに生存競争が繰り返される熱帯雨林。


こんな場所を自分が歩くなど、ひどく場違いではないかと佐藤は思った。
しかし佐藤の前を歩く者達は、少しもそんなことは思っていないのだろう。
むしろ、この鬱蒼とした密林に溶け込んでいると言っても過言ではない。

佐藤の前を歩くのは、メシア――松下一郎と、その使徒、蛙男だった。

そして今は、更に前を一本の杖が跳ねるようにして進んでいる。
ひとりでに動くこの杖は“占い杖”と呼ばれていて、松下の使徒の一人でもあった。
どんな仕組みかは分からないが、占い杖には様々な気配を感じ取る力があるらしく、時折こうして皆を導く。
今日も占い杖は、松下の“探し物”の在処まで皆を先導しているのだった。

“探し物”については、

来る前に一度説明はされたのだが、耳慣れない言葉のオンパレードで、十分理解が及ばなかった。
佐藤が理解していることと言えば、探している物が古代の何かを記した石版であることと、ここが日本ではないことだ。
熱帯の植物が群生する場所なのだから、日本でないのは当たり前だった。

だが、ここが熱帯の何処なのかと問われれば、佐藤には些か自信がない。
松下の話に、有名な古代文明の名が出ていたため、最初は南米なのだろうと思っていた。

しかし今となっては分からなくなっている。
占い杖はこの密林に来て最初に、一行をひとつの遺跡に案内した。
時を経て大分風化してはいたが、古の繁栄の後を窺わせる壮麗な造りの遺跡は、
歴史的に重要な価値があるに違いなかった。
だが奇妙にもその遺跡には、手直しの後や保存の処理等が見受けられなかった。
それどころか、苔生した岩壁には蔓が絡み、石畳の間からは青々とした草が生えている。
そう、驚いたことに遺跡は、先の住人が去って以後、人の手の入った痕跡が全く無かったのだ。

その遺跡を見て松下は、おそらく彼の古代文明の遺跡だろう、と判断した。
地理的にも様式的にも、その推測は間違っていないのだろうが……。
南米には数多くの遺跡が存在する。 故に多くの研究者や探検家が訪れ、探索が繰り返されてきた。


これ程の遺跡が、今まで発見されずにいたなど、あり得ることなのか。


疑問ではなく、反語の言葉を胸中で繰り返しながら、佐藤は一行に付いて歩く。
この土地に着いて早々、
有り得ない出来事に遭遇した佐藤には、
全くの異世界に迷い込んだような気がしているのだった。

遺跡が殆ど見えなくなった頃、やっと占い杖が何かを見つけたらしく、立ち止まった。

巨大な木の根本の一点を、ぴょんぴょんと指し示している。

そこを掘れということらしい。
佐藤達は手分けしてシャベルを振るった。
柔らかい腐葉土はほんの始めだけで、地面はすぐに硬い土へと変わった。
横へ横へと邪魔に伸びている木の根を除けながら掘り進む。

1、2メートルも掘っただろうか。

佐藤の隣にいた蛙男が、シャベルを置いてその場に屈み込んだ。

「何かあったんですか?」
「ああ、シャベルが硬い物に当たったんだ。石とは違うようなんだが」

見つけた物を傷つけないための配慮だろう。
両手で土を掻き分けながら、蛙男が答える。
程なくして、土の中から環状の、明らかに人の手による物が出てきた。

「これは……」

「王冠のようだな」

いつの間にか隣に立っていた松下が、蛙男の手にある発掘品を見て言った。
びっしりと土が表面を覆っているため、正確には分からなかったが、確かに形は王冠のように見える。

「そのようです」

蛙男は松下へ、その王冠らしき物を渡した。
松下はそれをしばらく興味深そうに眺めてから、

「占い杖が引かれたのも頷けるな。思いが、強く残っている」

ぽつりと言った。

「では石版は、この場所には無いということでしょうか。まだ色々と埋まってはいるようですが」

蛙男の言葉に、佐藤は彼が掘っていた場所を覗き込む。
彼の言葉通り、土の間からは何かの金属で作られたであろう物達が、顔を覗かせていた。
だが、それらは松下の探している物ではない。

「そうだね。残念ながらはずれのようだ」

頷いて、松下はこの場所を再び埋め直すよう指示した。

「それはどうなさるんですか?」

掘った穴を埋め直した後、未だ松下の手の中にある王冠を指して、佐藤は訊いた。
それは埋め直さなくても良かったのだろうか、と。

すると松下は、口元に笑みを浮かべて言う。

「せっかくだから、もと在った場所に帰してやろうと思ってね」
「もと在った場所、ですか?」

怪訝そうに佐藤は首を傾げる。
「何なら君も来るかい? 丁度、ここまで来る途中に水の湧いている場所もあった。泥を落としてから帰してやろう。
……蛙男!」

松下が呼ぶと、まだ土を均していた蛙男が跳んでくる。
いつものことながら、頭の下がる忠実さだ。

「何ですか、メシア?」
「僕は少し戻るよ。君は占い杖と、もう少しこの辺りを探してくれたまえ」
「分かりました」

蛙男が頷く。
占い杖も分かったと言うように、ぴょんと跳びはねた。
王冠を見つけた場所から、もと来た道を歩いて程なく、佐藤達は水場に着いた。

小さな滝壺と言えば良いだろうか。

高い崖の岩壁から、水が幾筋かの流れを成して注いでいる。
松下は王冠を手に岩壁まで行くと、水面の上に張り出した大きな木の根に登った。
そこは丁度水が流れ落ちる場所で、何かを洗うには打って付けの場所だった。
しかし木の根の上だ。足場が良いとは言えない。

「私が洗いましょうか?」

小さいとは言え、滝壺はそれなりに深そうである。
自分でやるという答えが返ってくるのは目に見えていたが、万が一にも落ちるようなことがあれば大変だと、佐藤は少年に訊いた。

「いや、構わないよ。僕がやる」
やはり予想通りの答えが返ってくる。 が、予想外にも少年は振り向くと、佐藤に言った。

「でも念のため、支えておいてくれるかい。落ちないように」
そして佐藤の返事を待たずに、水面へ身を乗り出す。

「わ、メシア!」

佐藤は慌てて、少年の腰へ片手を回して支えた。

そんな佐藤の狼狽えは後目に、松下は王冠を水に浸し丁寧に洗った。
泥を落とし、洗い磨けば、それは黄金の冠だった。
細かな傷は付いていたが、輝きは失われていない。

「錆びていない所を見ると、本物の金のようですね」

信じられない気持ちと共に佐藤が呟く。
黄金の輝きと意匠の見事さに、暫し見惚れていた。


「伝説があったな」

ぽつりと言ったのは松下だ。
口元に手を当てた思い出す仕草で続ける。

「彼の文明が滅びを覚悟した時、持っていた財宝を聖なる地に隠したという伝説が」

古の文明の隠し財宝。

俄かには信じ難いが、紛れもない黄金の冠が今、佐藤の目の前にある。

それは事実なのだ。 魔術や伝承には疎い佐藤も、その文明の歴史はよく知っていた。
世界有数の遺跡達と、そこに存在した文明。
黄金郷の伝説が生まれる程に、美しく栄えた王国がかつて在った。
そしてその王国は、伝説故に蹂躙され、滅びの道を辿った悲劇の王国でもある。
滅びに際し、財宝を隠したといった伝説は数多い。
同時に、心無い者達の侵略で、滅びを余儀なくされた人々も。
滅び行かねばならなかった人々をふと思い、
佐藤は言った。

「侵略者の手に渡すまいとしたのでしょうか」
「それもある」
「……それも、とは?」

全て解っていると言うような松下の言葉に更に問いを返す。

松下が静かに答えた。
「これに残っている思いの大半は、先への願いだ」

松下は手の中の王冠へ視線を落とした。
しかしその目は、目の前の王冠ではなく、もっと先にある何か別のものを見ている。

「いつの日か、王国がこの場所に帰ってくるように。その時、ここに残した物が新たな王の手助けになるように。王国の帰る日のため、新たな始まりのために……。それが、この王冠に残る思いだ」

ふうっ、とひとつ息を付いて、松下は顔を上げた。


数瞬遠くなっていた瞳は、もう普段の光を取り戻していた。



「得てして、故意に隠された遺物には、同じような思いが宿っているものだよ。
秘匿された魔術書や石版からも、同種のものを感じるからね」

「そういうものですか……」

物に宿る思い。

そんな話も松下の口から語られれば、信ずるに足る言葉になる。



「現在を未来へ繋げようと何かを残すのは、生きてゆく者の性であり、使命だよ。
この王冠を残した者は、その使命を果たしたのさ」



言って少年は、ふっと笑みを浮かべた。

どこか楽しげとも言える松下の口調に、
佐藤は彼がなぜこの王冠を、もと在った場所へ戻そうとしているのか分かった気がした。
松下は洗い上げた王冠を、流れ落ちる水へと高く掲げた。
体が濡れることも構わず、それどころか進んで水を浴びるように、少年は腕を伸ばす。


頭の上に王冠を掲げ、そしてゆっくりと目を閉じた。



薄く開いた唇は、笑みを形作る。



その姿には、純粋な歓びだけが在るように思えた。
果たしてその感情は彼自身のものなのか、それとも王冠から受け取ったものであるのか。

ただ王冠を捧げ持つ少年の姿は、ひどくあでやかで、



――ひどく神聖だった。



湧き出でたばかりの清らかな水は、王冠を、少年を濡らし、澄んだ雫を散らせる。



南国の陽に煌めく、王冠と水飛沫の中に、佐藤は古の黄金郷を見たような気がした。


「……その王冠を残した方は、きっと使命以上のものを果たされましたね」


気付けば、そんな言葉が口をついて出ていた。

松下が目を開け、佐藤を見上げる。

その視線をしっかりと受け止めてから、言葉を続けた。



「“未来(さき)”の王国を創る方の――メシアの元に、思いを届けたのですから」



そう告げて、佐藤は微笑んだ。

かつてひとつの理想郷と信じられた王国が、残した思い。

それは先へ届いたのだ。

そして、この少年の目に留まったなら、きっと更に先へ繋がってゆくはずだ。



王冠は、遺跡の奥にひっそりと設えられていた玉座へ、少年の手によって帰された。
もと在った場所で、王冠と残された思いは安らかに眠ることだろう。

いつか小さな救い主が、
世界に理想郷を築く日を夢見ながら。






<end.>



【ケイキョより】

本人的に嬉しい悲鳴。
1周年記念に描いたTOPイラストをイメージした小説を詩海さんが創って下さいました!

自分が作った作品に対してイメージを広げてくださるなんてこの上ない光栄と喜びです。
もう既存する言葉ではこの想いを言い表せません。

詩海さん、本当にありがとう御座います。
(感涙)


さておき、このとき佐藤さん&蛙男さんは「川口浩探検隊」よろしく、
お約束の探検隊スタイルをしていたのでしょうか?

そこも気になるところなのよ!

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