嫉妬で飾るバースデー





「佐藤」
愛想のない幼い声に名を呼ばれ、佐藤は何気なく読んでいた小説から、顔を上げた。

「メ、メシア…っ」
佐藤は椅子から落ちそうになるのを、何とかこらえた。
目の前の小さな主は、明らかに不機嫌な顔で、彼を睨みつけている。

「何故、蛙男と一緒に行った?」

「は……?何のことで…」

「とぼけても、無駄だ。お前が先ほど、蛙男と買い物から“嬉しそうに”帰って来たことを、僕が気付かなかったとでも思っているのか」

「は、はぁ……」
やけに“嬉しそうに”を強調したな…。佐藤は、松下に顔の前まで迫られながらも、ぼんやりと考えた。

「先日もそうだ。僕がお前に付いて行こうとしたら…」
松下は、小さな瞳で佐藤の目をじっと見つめながら、先日のことが脳裏に蘇り、更に眉間にしわを寄せた。


先日ーー

「佐藤、何処かへ出かけるのか?」
コートを着て、広いリビングを早足で歩く佐藤を、書斎から顔を出した松下が呼びとめた。

「あ、はい。近くのスーパーへ買い出しに」
佐藤はぎこちなく笑みを浮かべて、言った。

「なら、僕も行くぞ。最近、机に向かいっ放しで疲れていたんだ」

「あ…、お気遣いありがとうございます。でも、蛙男さんと行ってくるので、メシアはどうぞお部屋にお戻りになってください」

「あ、おい……!」

「では、少し出掛けてきますね。鍵は掛けておきますので、ご心配なく」
佐藤はにっこり笑うと、蛙男と共に玄関を出て行った。
あとに残された松下は、モヤモヤする気持ちを抱え、一人部屋に戻ったーー


「メ、メシア……先ほどから、何をそんなにお怒りに…」

「当たり前だろうっ!主に内緒で、使徒が二人、こそこそと…!いい気がしなくて、当たり前だ!」
松下の眉間に、更に皺がくい込まれる。
佐藤は恐怖から、体が震え始めるのを感じた。
その時、

「もう良い、佐藤。メシアにばれてしまったのなら、仕方がない」
聞き覚えのある低い声に、二人はリビングの出入り口を見た。
蛙男が、いつものスーツの上から可愛らしいエプロンをかけて立っていた。
エプロンは以前、佐藤が冗談半分で彼にプレゼントしたものだ。
「蛙男さん……」

「…佐藤、メシアをつれて書斎に来い」

「はい。予定通り、出来たのですね」

「ああ」
蛙男は無表情のまま、リビングを出て行った。

「……二人で何を隠しているんだ」

「すぐに分かりますよ」
佐藤は額に流れる冷や汗を拭うと、松下の小さな手を取った。

「さぁ、行きましょう」

「ああ…」
解せない気持ちで、松下は彼に連れられるまま、書斎に向かった。


「こ、これは…っ」
書斎に入った松下は、思わず立ち止って絶句した。
書斎はいつもの古臭い場所とは、全然違っていた。
彼が積み上げた本は片づけられ、書物にかかった埃は綺麗に掃われ、いつも本を積んでいた古びたデスクの上には、バースデーケーキが載っている。
部屋全体も、いつもの質素な感じはなく、子供の誕生日にふさわしい飾り付けがされていた。

「こ、ここは本当に書斎なのか…?」
松下は信じられない思いで、佐藤を見上げた。
佐藤は優しく微笑んで、

「はい、本当に書斎ですよ。今日は、特別な日ですから」

「特別な日……?」

「やはり、自分の誕生日をお忘れのようですね」
佐藤はくすりと笑って、彼を軽々と抱き上げた。

「今日は、貴方の誕生日ですよ、メシア」

「ぼ、僕のか……?」
目を丸くして佐藤を上から見下ろす松下に、蛙男はやれやれといったように、小さく吐息を洩らした。

「去年も、そのまた昨年も……毎年、私がお祝いしているのにも関わらず、メシアはいつも忘れられる」

「そ、そうか…。蛙男、すまない」

「いえ」
蛙男は表情を和らげ、ぺこりと会釈した。

「あなたが何故、あんなにもお怒りになられていたのか、分かりませんが…。これは早く、貴方をお呼びした方が良いと思い、少々予定を早めたのです」
蛙男に言われ、松下はそういえば、と思った。
先ほどから、モヤモヤした気持ちが晴れている。

「あ、ありがとう蛙男…佐藤」
松下はもごもごと言うと、蛙男がジュースを取りに書斎を出て行ってから、佐藤を見上げた。
佐藤は、松下に見られているのに気付くと、

「先ほどはすみませんでした。ただ、蛙男さんと“メシアには内緒にする”と約束していたもので」

「そんな約束、律義に守ることないだろ」
松下は、再びムスッとして言った。
佐藤は苦笑いして、松下の横顔を見つめた。

「メシア、それは…」

「…僕の方こそ、一方的に怒って悪かった。ただ、お前と蛙男が仲よさそうにしていたら……何というか、胸がモヤモヤするんだ」

(ああ、やっぱりな)
佐藤は内心、そう思っていても、決して口には出さず、

「そうですか」
知らぬふりをすると、松下を思いきり抱きしめた。


おわり



松下じゃなくてアタクシの誕生日プレゼントですのよこれ、これ。
正直サイトやってるとこういうプレゼントが一番嬉しいんです。
本当にありがとうございました!





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