私の優秀な部下だった男、ドーソン中尉がつい先刻死亡した。
彼は死ぬ間際に奇妙なことを口走った。


最近、我々のリストに名前を連ねるようになった「Tersicore(舞姫)」。
正体不明にして性別はおろかTersicoreという通称しか伝わっていない。
果たして方々で報告されているこのTersicoreが同一人物なのかさえはっきりしない。
ただ接近戦においての残酷さとその強さにおいては今やほとんど知らぬものはいない。
伝え聞いた情報と長年の兵士としての感でおそらく同一人物だろうと私は思っている。
私も一度はそいつと一戦交えてみたいと常々思っていた。
この頃になって、私はまるで一目たりとも見たことのない舞姫のことを終始考えるようになっていた。
まるでそれは恋心のようでさえある。


N半島 午後19:00

レーダー中継基地制圧作戦 File‐1018。
結果から言えばこの基地制圧は失敗に終わった。
古式雅やかな中世の砦を改造して作られたN半島の突端に聳えるレーダー基地、
通称チューダー城でこの夜戦闘があった。
この砦は一度は占拠に成功したものの、今日になって敵が総反撃に出たおかげで撤退を余儀なくされた。
総指揮に当たっていたベルムート少将はなんとか脱出することが出来たがほとんど全滅に近い状態であった。
その時、応戦したチームの中に、重症ながらも救助された私の部下ドーソン中尉がいたのだ。
だが彼は傷を受けた腎臓からの出血が止まらず、軍医にも打つ手はないと判断され、既に虫の息だった。
彼は私の部下の中でも有数の腕利きだった男だ。
その彼が浅く早い呼吸から漏れる息の音に混じって一言、


「我がTersicore(舞姫)」と口にした。


私は尋ねた。
「何のことだ?」
彼は言った。
「…美しい…」

既に焦点の定まらなくなった瞳をうつろにさ迷わせながらどこか恍惚とした表情を浮かべる彼に私は更に問うた。
「お前をやったのは何者だ?女なのか?」
彼の身体から、徐々に生命の力が失われていくのが判った。
彼は「違う」と答えた。
「ならば男か?」
「…男ではない…」
私は困惑した、だが最早彼を救う手立ては無い、その前に少しでも情報を聞き出したかった。
「なら、何者だ、舞姫とはなんなのだ?」
「…男でも…女でもない…あれは…美しい…」
私はもう呼吸とほとんど判別の付かない声を聞こうと彼の口元に耳を寄せた。

「魔物だ」

そう言って事切れた。

「美しい魔物…か」
私は甲板で眼下に望む海を見下ろしながら半ば無意識に呟いていた。
「少佐、どうされました?」
部下がいぶかしげに尋ねる。
「いや、なに、たいしたことではない、ただ私も、魔物の魅力とやらにすっかり憑り付かれてしまったようだな」
口元に皮肉めいた笑みが自然と浮かぶ。

なんでも「『彼女』に恋焦がれた男はみんな死ぬ」という噂だ。
しかし我々男たちは愚かしくも舞姫に叶わぬ恋をし、この手で『彼女』を倒したいと願い、
そして彼女の足元に血海と共に平伏すことになるという。

これはあくまで風評に過ぎない。
私はなにも本気で『舞姫』が女だとは思っていない、
それでも私は想う、これまでにいくつかの事例を耳にしている、「女の姿をした戦士」のことを。
この度は惜しくも私はその姿を見ることは叶わなかったが、
私も、どうやら舞姫に恋してしまったようだ。

彼女に恋した男はみな死ぬという。








【エリザベート・バートリな女装遼那(拷問をする側で)。】とのリクエストでした。
拷問してない上に文章と絵との関係はありません。
申し訳ありませんでした。





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