「 孔雀に秘めた血の希望 」



何時間になるだろうか。時間経過も光もーー何もないブラックホールのような漆黒の闇の中を、佐藤はただ歩いていた。
暗闇の中を、未だ慣れない目で手探りで行く。何故、歩いているのかは分からない。
だけど、ぼんやりとした意識はあった。彼は、理由(わけ)もなく一人の少年を探していた。
佐藤の小さな主、救世主である松下一郎だ。
彼にとっては憎むべき相手なのだが、今は共に時間を生きている人間の一人でもある。
ただし、この世界に時間が存在すれば…の話だが。
少なくとも、佐藤が元居た世界には、存在していた。
時間も、人も、光もーー何もかも。

「メシア……メシア……?」
彼の声は、ただ虚しく闇に吸い込まれていく。
その時、ようやく目が慣れたと同時に、探していた人物の声が返ってきた。

「佐藤か」

「ああ、メシア…」
佐藤は、安堵の息を吐いた。
辺りが屍臭いが、彼は“少しも”気にならなかった。

「ご無事だったんですね。蛙男さんに夕食のメニューを伝えろと言われて、ずっとあなたを探していたんですよ」
安心感からか、佐藤の口が軽くなった。
彼の唇から、次々と言葉が零れ落ちる。

「ね、早く帰りましょう。別荘で蛙男さんがお待ちです。今頃遅いと、ご立腹ですよ」

「佐藤…孔雀の羽根の意味を知っているか?」
唐突に話題を振られ佐藤はきょとんとした表情で、松下を見つめた。
松下は佐藤に背を向けて、何やら忙しそうに左手を動かしている。
何をしているのだろう…と佐藤は、彼の小さな肩越しに手元を見ようと更に彼に近づいた。
だけど、手元は闇に呑まれてしまっている。何も見えない。

「はぁ…孔雀の羽根、ですか…。確か恋をした雄が、雌に求愛するために綺麗な羽を見せるのでしたよね」

「ああ、そうだ……だが、僕は昔から“それ”が嫌いでな」
松下の左手には、綺麗な七色の羽根がある。佐藤は次第に、彼が何をしているのかが見えてきた。
闇に目が慣れたのか、松下の声と共に景色が徐々に見えてきているのか。彼が手にしている羽根の先には、血が付いていた。

「だから二度と恋が出来ぬように……」
佐藤は、松下が右手で押さえている物体を見た。ウッ…と吐き気がし、何とか口元に右手を当てがって堪える。
それは、羽根を引きちぎられて無残にも血で真っ赤に染まった、孔雀の姿だった。
孔雀は丸焼に近い形で、羽根もろとも皮膚も少し剥ぎ取られていた。
恋をすることを失った孔雀は、精神的苦痛と、肉体的苦痛に口ばしを開け、白目を剥いて絶叫したかのように、松下の小さな膝の上に横たわっている。
佐藤はその時、ハッとして松下の周囲に目を凝らした。
徐々に見えてくる、彼の周りを囲むおびただしい腐臭の臭いと、物体。
それは、羽根と皮膚を毟り取られた、孔雀の残骸だった。
皆、先ほどの孔雀同様、白目を剥き、口ばしを絶句した形に開いていた。

「う、うわあああああ!!!」
佐藤は、力の出る限り、大声を上げた。
やがて、彼の声と共に闇がフェードアウトし、彼の意識も遠ざかっていくーー


次に目が開き、気が付いた時には佐藤は、どこかの実験用ベッドの上で両手・両足を縛られ、寝かされていた。
頭の中で、松下の声が響く。

『僕は綺麗なモノを手折るのが好きでな……お前も、あの孔雀同様、恋が出来ぬようにしてやろう……」
それは彼の、究極の愛の形だった。

End.




蜜柑様より寄与

「 孔雀に秘めた血の希望 」

歪んだ愛の形、これも一つの愛情表現。


('17.09.20)